花輪理事長の独り言
地域医療を担う医師の教育と専門医について
前回の奨学金に引き続き、今回は地域医療を担う医師の教育や、専門医についてお話しします。
医師になるには、まず医学部に入学し、6年間の教育を受けた後、国家試験に合格して医師資格が与えられます。
しかし、その時点では、一人で患者さんを診察することはできません。
その後、2年間、臨床研修病院で複数の診療科を回り、臨床の基礎を学びます(初期研修)。
一応、これで患者さんを診察したり、開業は可能になりますが、
多くの医師は、自分がやりたい科の学会専門医の取得を目指し、さらに3年間、専門性を学びます(後期研修・専攻医)。
各学会の試験や要件をパスすれば、学会専門医の資格(基本領域・19診療科の資格)が与えられます。
ここまで来てやっと一人前です。
スムーズに進んでも、医学部入学から11年、卒業後5年かかります。
さらに今、医療は専門特化しているため、より深い領域に進む傾向にあります。
例えば外科では、基本領域として外科専門医、その上に心臓血管外科、さらに小児心臓外科と、どんどん専門分野が細分化されています。
自治医科大学について
話題を変えて、自治医科大学についてお話しします。
自治医科大学は、医療に恵まれないへき地等における医療の確保と向上、地域住民の福祉の増進を目的に、昭和47(1972)年に全国の都道府県が共同で設立した大学です。
教育目的は、「総合的な医療を行える人材を育成すること」(公式ホームページより)。
埼玉県では、毎年2名の医師を養成し、県職員として指定医療機関で9年間勤務(義務年限)することで授業料等が免除されます。
前回お話しした奨学金制度と同様です。
本来、へき地医療を担うことが目的でしたが、現在は、大滝・名栗診療所、秩父市立病院、町立小鹿野中央病院、深谷日赤などの公的病院に派遣されています。
自治医科大学への入学は難関であり、出身医師は大変優秀で、総合医の育成方針から地域医療に適した医師が多いと考えます。
秩父の現状について
秩父の二つの自治体病院には、義務年限の若い医師たちが多数派遣されています。
一般的には1〜2年間という短期間で複数の派遣先を回るため、総合診療科を除き、
18の基本領域診療科の修練を十分に受けられず、学会専門医の資格取得が難しいのが現状です。
(最近では総合内科専門医の取得は可能と聞いています。)
そのため、スタッフが義務年限の医師だけでは、診療に専門性を欠くことになります。
もちろん、ベテラン医師や専門医もいらっしゃることは承知していますが、
診療科によっては、たとえば外科で手術ができない状況もあるようです。
学会と専門医について
日本の医師教育は幾多の変遷を経て、
現在では日本専門医機構が定める19の基本領域で学会専門医を取得するのが標準となっています。
19基本領域には、外科、内科、整形外科、麻酔科、皮膚科、耳鼻科、眼科、精神科、病理、形成外科、救急科などがあり、最近は総合診療科も加わりました。
※美容外科は含まれていません。
専門医制度は、患者さんに「この医師は何が専門で何が得意か」を分かりやすく示し、医療の質向上を目的としたものです。
いずれ、学会専門医の資格がなければ標榜(診療科名の掲示)ができなくなるとも言われています。
若手医師にとって非常に大事なことです。
さらに、学会専門医の上には『指導医』という資格もあります。
医師にとって魅力ある病院とは
長くなりましたが、本題に入ります。
医師が集まる病院とは、医師にとって魅力のある病院です。
その魅力とは――
指導してくれる医師がいる
学会専門医の資格が取れる病院(基幹病院または修練施設)、またはキャリアアップできる病院(関連施設または協力施設)
症例が多く成長できる
環境が良い(生活、給与・待遇・居心地)
私はこれまで300人を超える初期研修医、専攻医と付き合い、指導もしてきましたので、自信を持って言えます。
総合医の育成が目的の自治医科大学卒業生であっても、考え方は同じだと思います。
したがって、義務年限を終えた後、多くの医師は専門医取得を目指して大学などに戻り、秩父に残る人は少ないのではないでしょうか。
理想の秩父市立病院スタッフ像
生意気なようですが、私の考える理想の秩父市立病院スタッフ像は次のとおりです。
中核病院としての役割を理解し実行すること
地域愛を持つこと
これらは短期間で実現するのは難しいかもしれませんが、
各診療科にベテラン指導者(できれば学会専門医・指導医)がいて、
さらに義務年限の若手医師がいることが理想、いや必要だと考えます。
秩父にとっての最高の贈り物
何より、秩父の二つの自治体病院に、自治医科大学の義務年限の医師が自動的に派遣されることは、
秩父の医療にとって最高の贈り物、幸運だと考えます。
ですから、彼らをいかに活かすかが重要です。
秩父を好きになってもらい、義務年限後も、あるいは専門医取得後でも、
秩父の医療に携わってもらいたいと強く願っています。
未来への構想
私が考えているのは、公と民のより深い強い連携、
それを超えた、公民の合体も視野に入れた、新しい運営体制の新病院です。
この構想が実現すれば、
当院の医師をはじめ全スタッフが、病院の質向上、地域医療の向上に必ず貢献できると確信しています。
当院の常勤医師たちは全員、学会専門医あるいは指導医の資格を持ち、指導者として申し分ありません。
消化器内科・外科においても、高度先進医療を除けば、全国標準に劣ることはありません。
病院自体も、外科学会をはじめ、複数の学会の関連施設です。
消化器内視鏡学会では指導施設として認定されており、当院での研修のみで資格取得が可能です。
また、秩父市立病院は総合診療専門医学会の基幹施設であり、内科学会の関連施設でもあります。
若手医師の未来へ
若手医師については、自治医科大学の義務年限の医師の派遣に加え、
条件(魅力)が整えば、前回述べた奨学金適用医師も来てくれると考えます。
二つの、公と民の機能と能力が合体すれば、
若い医師たちにとって秩父で学び、仕事をすることの魅力は倍増するでしょう。
結びに
私は、これが医師不足解消と地域医療崩壊の危機を乗り越える唯一の方法だと考えます。
皆様、どう思われますか?
秩父の医療について再びお話しします
以前にも投稿しましたが、秩父の医療にとって非常に大事なことなので、改めてお話しします。
市民の皆様には、是非とも知っていただき、ご理解賜りたいと思います。
地域の医師不足解消対策として、多くの県が行っている大変有効な制度があります。
埼玉県でも『埼玉県医師育成奨学金』制度として実施しています。
これは国も推奨している制度で、
「医師免許取得後、埼玉県内の、県が定める医師不足地域の『公的公立病院』に9年間勤務すれば、奨学金の返済を免除する」
というものです。
※ 詳細は『埼玉県医師育成奨学金』で検索してください。
私は2022年11月25日、大野埼玉県知事と県議会議長に、42医療機関の賛同書を添えて、
『民間病院の勤務でも、条件を満たせば、返済免除』となるよう改善要望を致しました。
以下、その時点でのFacebook投稿文と、毎日新聞の記事を再掲します。
振り返ってみると、12年前、私が秩父郡市医師会長であった時期にすでに、
埼玉県医師会と県保健医療部に対して『地域の医師不足に対する提言』を行い、審議検討をお願いしていました。
医師の地域偏在・診療科偏在については、学会等でも何度か発表しています。
これらは、今回、資料として知事等に提出しました。
また、今回の奨学金制度についても、3年前の『秩父医療協議会』で、
「奨学金返済免除指定病院が公的公立病院に限られること」について納得できず、県に回答を求めていました。
県の説明は次の通りです。
この制度は条例・規則を制定して運営している
その原資は埼玉県全体の税金で賄われている
公的医療機関は地域を担う中心的存在である
不採算医療を担っている
しかし、私には全く理解できない、現場からかけ離れたものと感じています。
さて、2025年4月現在、私が地域の医師不足の危機を訴え始めてから、実に15年以上が経過しました。
しかし、地域の医師不足は悪化の一途をたどり、地域医療は崩壊寸前にまで至りました。
昨年末には、
NHKクローズアップ現代、読売、毎日、産経、東京新聞などから取材を受け、現場の実情をありのままに話しました。
秩父に限らず、医師の偏在による地域医療崩壊の危機は明らかです。
にもかかわらず、埼玉県医師育成奨学金制度の改善はなされていません。
県の空気として、
改善要望には地元医療者からの要請が必要
邪魔をしている存在がいる
大野知事の記者会見で「秩父の医療には何の問題もない」と発言
こうした否定的な情報が耳に入り、私は正に疑心暗鬼の状態に陥りました。
すでにお話ししましたが、
今年1月末、上記奨学金の件について「秩父郡市医師会から知事に要望してほしい」と医師会理事会に判断を求めました。
しかし、採決の結果、多くの理事たちが反対票を投じ、否定されました。
私にとっては大変なショックでした。
仲間に裏切られたようで、悲しく、悔しい思いでした。
「なぜ?」
これがその時の正直な気持ちであり、今でも絶対に納得できていません。
『埼玉県医師育成奨学金制度の目的は、本県の地域医療における医師の地域偏在・診療科偏在を解消する』とされています。
秩父地域に限らず、地域の医師を確保するには、現時点ではこの制度に頼るしかありません。
秩父について言えば、現在まで、
二つの自治体病院に奨学金貸与者の派遣がないことから、
秩父病院のような民間病院も対象にしなければ、地域医療は間違いなく崩壊します。
当院独自の医師確保の試みは、すべてやり尽くしました。
民間病院には、秩父市立病院のように自治医科大学卒業生の自動的な医師派遣もなく、
奨学金免除指定病院でもないため、奨学金適用医師が秩父の民間病院に来ることはありません。
独自の努力で医師確保をするしかないのです。
2025年3月31日をもって、夜間二次救急輪番は残念ながら離脱せざるを得ませんでした。
断腸の思いです。
ただし、昼間の救急診療(救急車の受け入れを含む)は、これまで通り行います。
救急病院を辞めるのではありません。
この点について、ぜひご理解いただきたいと存じます。
市民の皆様へ
医師不足による医療崩壊の危機、
そして公民の不平等について、是非ともご理解賜りますようお願い申し上げます。
秩父市長選挙が近づいてきました。
お二人の候補とも、市立病院の建て替えをうたい、特に清野氏は秩父の医療を最重点政策としています。
今回の選挙は、今まで以上に、医療問題が市民の関心を集めるに違いありません。
私は、50年以上秩父の医療に携わって来た医師として、医療が票集めのための道具に使われることを心配しています。
ですから、市民の方々に、秩父の医療の実情をお知らせすることが、私の役割と考え、思うところをお話しさせていただきます。
まず、全国的に言えることは――
1. 地方の深刻な医師不足
医師は都市部に集中し、地方の大学でさえ医師は不足しています。(地域偏在)
2. 若い医師の志向の変化
美容外科を志す医師が増え、地域医療に必要な外科、内科、小児科、産科、救急科などは非常に少なくなっています。(診療科偏在)
3. 医療の専門特化
深く狭い領域の診療しかできない医師が増えています。
4. 医療の急速な進歩
かつて高度先進医療とされたものも標準的医療となり、複数の専門医とスタッフ、高額な設備・機器が必要となっています。
5. 緊急重症疾患への新たな対応
近年、埼玉県では脳卒中や心筋梗塞などの患者を、救急車が現場から直接圏外の専門病院に搬送する素晴らしいシステムが始まっています。
6. 建設費の急騰
病院建設に限らず、急激に建築費が高騰しています。
市民の皆様、冷静に考えてください。
医師不足の秩父地域では、どんな医療をやるべきでしょうか?
私はこう考えます。
この厳しい環境下では、秩父市立病院に限らず、高度医療や身の丈を超えた医療は、残念ながら無理、やるべきではありません。
経営収支や医師確保の見通しも無く、強引に箱物だけを作ったとしたら、秩父市と市民にとって最悪の結果になることは火を見るより明らかです。
まず、現状を見ることからはじめる必要があります。
建て替えをうんぬん言う前に、
赤字経営の改善
運営体制の見直し
スタッフの意識改革
ビジョンの醸成
まず、こうしたソフト面の見直しをすべきだと思うのです。
そして、連携を強化すること。
それも、秩父郡市内にとどまらず、埼玉県単位、さらに県境を越えた連携が必要です。
これには、人と人の絆に基づいた約束からシステム作り、契約まで結ばなければならないでしょう。
その上で、医師を含む人の交流・派遣・人事まで、
公立・民間の区別のない、意識改革を伴う、連携を超えた新しい運営体制の新病院を作ったらどうでしょうか。
これは、過去にも例を見ない、大変むずかしいことだと思います。
ですが、それしか道は無いと私は思います。
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