花輪理事長の独り言
【埼玉】地域医療を担う医師育成のため「秩父花仁塾」を開塾‐花輪峰夫・秩父病院理事長に聞く◆Vol.2
県西部に位置する秩父病院は、秩父市、横瀬町、皆野町、長瀞町、小鹿野町の1市4町からなる秩父地域の医療で中核的な役割を果たしている。医師不足が深刻な中、地域医療は何を目指していくのか、地域医療を担う人材をどのように育てていけばよいのか、同院理事長の花輪峰夫氏に話を聞いた。(2023年1月19日オンラインインタビュー、計3回連載の2回目)
――医師不足地域として目指すべき地域医療の姿を教えてください。
秩父地域は埼玉県の面積のおよそ4分の1を占める一方で、人口は10万人弱程度です。20年ほど前までは、地域の病院や診療所が連携して秩父全体で総合病院化することを目標に掲げていました。当院も開放型病院として、開業医の医師が当院の手術室スタッフとともに手術を行うといった取り組みを実施してきました。
ところが医師不足により病院が減少し、現在、秩父地域の産科医療機関は1施設、二次救急医療機関は3施設のみ。三次救急医療機関はありません。さらに医療の専門化・細分化が進んだことで、秩父で地域完結医療を目指すのは残念ながら現実的ではなくなりました。
県では2018年、脳梗塞患者をいち早く治療につなげるために、埼玉県急性期脳卒中治療ネットワーク(Saitama Stroke Network:SSN)の運用をスタートしました。意識障害など脳梗塞の疑いがある場合、救急要請を受けた救急隊は急性期脳梗塞治療が可能な病院に直接搬送を行っています。従来は救急要請を受けた場所の近隣病院に運んでから専門病院に搬送するプロセスをとっていました。秩父地域に対応可能な医療機関はないため、専門病院へスムーズに搬送できるようになったことは、患者に大きなメリットがあります。最近では、埼玉県大動脈緊急症治療ネットワークも構築しています。
秩父地域には心筋梗塞の専門治療を行うことのできる医療機関もないため、心筋梗塞についてもSSNと同様のシステムが必要です。これについても県知事に要望をしました。
医学の進歩に従って地方の医療機関では対応が難しいケースが増えており、医療の集約化・効率化は受け入れていかなければなりません。秩父病院を2011年に建て替えた際には、このような理由から患者を早期に専門病院へ運べるよう、ヘリポートを併設しています。地域でできる限りの治療は行うことに変わりはありませんが、患者が享受する医療に地域格差が生じないよう、専門病院へスムーズに搬送できるシステムの整備に注力する必要があります。
――医療の専門化・細分化が進む中で、地域医療を担う人材育成についてはどのように考えていますか。
現在の医師臨床研修制度では、医師免許を取得した後、2年間の初期研修を実施、後期研修では3年間、基本領域の専門医資格取得を目指し、その後サブスペシャルティー領域の専門医を取得するにはさらに3年間が必要です。医療の専門化・細分化により、救うことのできる患者が増えたことは言うまでもなく、否定するつもりはありませんが、「臓器をみて人をみず」という医師を増やすきっかけにもなってしまうのではないかと危機感を抱いています。地域医療の現場では、専門領域外であっても患者への対応が求められるため、幅広い領域の知識や技術の習得が求められます。
そこで当院で地域医療を担える医師を育てるべく、吉田松陰の松下村塾になぞらえ、2015年より花仁(かじん)塾を開塾しました。若手医師に対する「医者としての教育」は地域病院の役割だと思っています。
――花仁塾での取り組み内容を教えてください。
秩父病院で初期研修を行った医師を年に2回ほど集めて、私を含めて当院のスタッフが講義を行ったり、懇親会を開いてバーベキューをしたりして交流を深めています。
入塾の資格は、「志のある人」。初期研修の際に花仁塾の説明と勧誘を行っており、全ての研修医が加入しているわけではありませんが、現在は114人が登録しています。
キャリアプランや医局の内情、これからの人生など若手医師に悩みはつきものですから、どのような相談にも乗るようにしているほか、当院や秩父郡市医師会の症例検討会にも参加を促しています。
また、腹腔鏡下手術の普及により開腹手術や縫合の経験がない外科医が増えていることにも危うさを感じており、手術中に急きょ開腹が必要となった症例にも対応できるよう、教育に力を入れています。
花仁塾はコミュニケーションを重視しているためオンラインで実施するわけにもいかず、COVID-19が流行してからは中断が続いていますが、近いうちに再開したいと考えています。2022年3月に院長を退任して臨床から手を引いたので、どのようにして若手医師への教育機会を確保するか、検討しているところです。
地域医療に魅力を感じてもらい、担い手となる医師を育成することが花仁塾の目的ですが、地域医療という枠を超えても、総合的な医療知識・技術を身につけることは医師として重要です。例えば飛行機に乗っていて、「お客さまの中にお医者さまはいらっしゃいますか」と呼びかけがあったときに手を挙げる医師はどれほどいるでしょうか。自身の専門分野の知識や経験を深めるあまり、基本的な処置を忘れてしまっている医師は少なくありません。専門領域外の医療を求められたときにも自信をもって手を挙げ、臓器だけでなく全身、そして人をみることのできる医師に、被災地や戦地など医療機器が使えない中でも命を救うことができる医師に育ってほしいですね。