初期研修医

2014年12月1日~12月27日

秩父病院での地域医療研修を終えて

埼玉医科大学総合医療センターにおける初期臨床研修では、20数施設のご協力を得て、1ヶ月以上の地域医療研修を行えるプログラムになっている。 1年目で2年目の希望選択科を選択するのだが、埼玉県出身でも埼玉医科大学出身でもない私は、それぞれの施設の立地も特性も全くわからず、当時の上級医にアドバイスを求めた。
その上級医は御自身が初期研修医時代にお世話になった秩父病院をお勧めして下さった。 理由の一は、大学病院所属の私たち初期研修医は、日頃は、自らが主だった主治医として判断を下し加療を勧めていくチャンスにはなかなか恵まれないため、後期研修医として突然主治医を任されると日々戸惑う事ばかりである。秩父病院では、主治医は上級医が務めてくださるが、日々の入院加療の判断は、研修医に任せて下さる部分が多く、この経験は今後の医師人生として、非常に役立つ。ということであった。
理由の二は、せっかく地域医療という枠組みで1ヶ月の時間を頂けるのだから、可能な限り日頃と異なる環境に身を置くべきだと思う。医療過疎と言われる埼玉県内でも、秩父地域はその限りなく上位に位置する地域である。ということであった。
この2つの理由をお聞きし、私はこの病院を選択させて頂いた。
私事ではあるが、私は11月の1ヶ月、病欠で勤務から離れており、12月1日秩父病院での勤務を以て、研修医生活に復帰した。最初は自らの体調面を含め、初めての勤務地であるということも、秩父の冬はどれだけ寒いのだろうかということも、不安だった。スタッドレスタイヤを装着し、大量の医学書と大量の食材と大量の防寒具を詰め込み、秩父へ向かった初日が今となっては懐かしい。
結果的に、秩父はやっぱり寒かった。しかし秩父病院は非常に温かい病院であった。上級医がおっしゃっていた2点は間違いなかった。私も自らの後輩に秩父病院での研修を勧めるとすれば以下の4点を加えたい。

地域医療の現実を知ることができる

初期臨床研修指定病院になる施設にはやはりどこでもそれなりの医療のシステムが担保されていると言っていいだろう。 そういった病院で医師として最初の 2 年を過ごすと、様々な感覚が麻痺する。地域ではあらゆる医療システム、医療機器、医療物資がそろうわけではない。 その中で可能な限り最善の医療を提供することが求められる。時には地域の枠を超えて大病院に患者を紹介する必要もある。
麻薬を使わない、麻酔器でPEEPをかけられない、カプノメーターがない、手術室に驚き、代替に何が使えるか、どのような感覚を研ぎ澄ませればいいか、1ヶ月たくさん考えた。
この病院で何人かの先生方の口から「●●病院に送ったあの患者さんはどうなったんだろうって、僕たちはずっと気にしているものなんだ」というお話を聞いてハッとし、これからは患者を紹介して下さった地域の先生方への御報告を欠かさないようにしようと思った。
そういったあらゆる気づきがあった1ヶ月であった。

院長先生の個性が濃い

齢67歳とはとても思えないバイタリティと好奇心をお持ちで、生まれついての外科医といった印象である。研修医教育にも熱心でいらっしゃって、これはぜひ見せたいという症例や手技のたびに研修医を呼んで下さる。「最近はなんでも腹腔鏡だが、開腹手術・手縫いもできない外科医なんて考えただけで恐ろしい」「麻酔のできない外科医なんて気の抜けたサイダーのようなものだ」などなど記憶に残る名言も多数。秩父病院の職員の方々がこの職場を愛し勤務し続けていらっしゃるのは、ひとえにこの院長先生の個性が一因であろう。

自由である

研修医それぞれの進路を汲んで応援して下さる病院である。私は産婦人科志望であるため、秩父唯一の産婦人科医院へ見学に行かせて頂くことができた。 また、麻酔科標榜医も取りたいと考えているため、全身麻酔はほとんどかけさせて頂いた。 胸椎領域における硬膜外麻酔は初めて経験させて頂くことができた。

食事が美味しい

研修医には1日3食すべて提供して下さる。そしてこれが毎日毎食美味しい。 秩父の朝は本気で寒く、正直体調のすぐれない日もあったが、ごはんが楽しみで毎朝なんとか起き出し、勤務できていたと言っても過言ではない。 総じて、外科系志望であり、食いしん坊である私には、非常に有意義な1ヶ月を過ごさせて頂いた。 体調に不安はあったが、上級医の先生方に大変気遣って頂きながら、当直も月4回させて頂くことができた。 上級医に食事や飲みに連れて行って頂いたことも、寒い中秩父の温泉を満喫したことも、いい思い出である。 地域医療は、非日常を体験し、新たな視点を得るチャンスだと思う。そういう機会を得られる秩父病院を、ぜひ後輩にも勧めたいと改めて思う。